ribbonプロフィール
| メンバー生年月日 |
永作博美:1970年10月14日 松野有里巳:1973年2月13日 佐藤愛子:1973年10月22日 |
| 結成日 | 1989年冬 |
| キャッチフレーズ | ー |
| レコードデビュー | 1989年12月6日(リトル☆デイト) |
| 主要音楽祭受賞歴 (最優秀新人賞) |
- |
| 主要音楽祭受賞歴 (大賞) |
- |
| ゴールデン・アロー賞 受賞歴 |
1990年音楽新人賞 |
| 主要映画賞受賞歴 (主演賞、助演賞、新人賞) |
【永作博美】 2007年度キネマ旬報ベスト・テン助演女優賞(腑抜けども、悲しみの愛を見せろ) 2007年度ブルーリボン賞助演女優賞(腑抜けども、悲しみの愛を見せろ) 2007年度報知映画賞助演女優賞(腑抜けども、悲しみの愛を見せろ) 2007年度ヨコハマ映画祭助演女優賞(腑抜けども、悲しみの愛を見せろ) 2011年度日本アカデミー賞最優秀助演女優賞(八日目の蟬) 2011年度キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞(八日目の蟬) 2011年度毎日映画コンクール女優助演賞(八日目の蟬) 2011年度ブルーリボン賞主演女優賞(八日目の蟬) 2011年度報知映画賞主演女優賞(“酔いがさめたら、うちに帰ろう。”、他) |
| 紅白歌合戦出場回数 (2025年まで) |
0回 |
| 代表曲 ()内はオリコン最高順位 |
89年:リトル☆デイト(10位) 90年:そばにいるね(9位) 90年:あのコによろしく(10位) 90年:Virgin Snow(8位) 他多数 |
目次
2、ribbonのデビューとメンバー構成
3、ribbonの所属事務所は田辺エージェンシー
4、ribbonの人気
5、ribbonの活動休止
6、ribbonのメンバー
6-1、永作博美について
6-1-1、永作博美の芸能界入り
6-1-2、永作博美は乙女塾のリーダー?
6-1-3、ソロ歌手としての永作博美
6-1-4、女優・永作博美
6-1-5、映画界での評価
6-1-6、その後の永作博美
6-2、松野有里巳のその後
6-3、佐藤愛子のその後
7、私の好きなribbon楽曲
8、クイズ
9、アンケート
10、ホームページ・SNS
11、関連記事
ribbonのデビューとメンバー構成
ribbonは乙女塾の中でCoCoに次いで誕生したグループです。
デビューは1989年12月6日で、ギリギリ1980年代のデビューでした。
この時期はまだ乙女塾からソロデビューした人はいなかったので、ribbonはCoCoに次いで乙女塾からデビューしたアイドルということになります。
メンバー構成は以下の通りです。
| 名前 | 生年月日 | 加入期 |
|---|---|---|
| 永作博美(ながさく ひろみ) | 1970年10月14日 | 1期生 |
| 松野有里巳(まつの ありみ) | 1973年2月13日 | 1期生 |
| 佐藤愛子(さとう あいこ) | 1973年10月22日 | 3期生 |
当初は乙女塾3期生の中嶋美智代がribbonのメンバーになる予定だったそうですが、中嶋美智代はソロデビューすることとなり、同期の佐藤愛子がribbonに加わることになります。

ribbonの所属事務所は田辺エージェンシー
ribbonは、“お笑いBIG3”と呼ばれるタモリなどが在籍する田辺エージェンシーに所属していたこともあり、バラエティ番組に出演することが多くありました。
深夜では自身がメインとなるレギュラー番組もあり、番組名を変えて1年ほど続くなど一定の人気を得ていたようです。
ひょっとしたら、乙女塾の中で、
『CoCo』は王道路線のアイドル
『ribbon』はバラエティもこなすアイドル
のような戦略的な棲み分けがあったのかもしれません。

ribbonの人気
いきなりですが、ribbonのシングルとオリコンの最高順位の一覧をご覧ください。
| 発売順 | 発売日 | 表題曲 | 最高順位 |
|---|---|---|---|
| 1st | 1989年12月6日 | リトル☆デイト | 10位 |
| 2nd | 1990年4月11日 | そばにいるね | 9位 |
| 3rd | 1990年7月25日 | あのコによろしく | 10位 |
| 4th | 1990年11月14日 | Virgin Snow | 8位 |
| 5th | 1991年3月3日 | 太陽の行方 | 12位 |
| 6th | 1991年6月26日 | サイレント・サマー | 12位 |
| 7th | 1991年11月13日 | それは言わない約束 | 14位 |
| 8th | 1992年3月3日 | Deep Breath | 15位 |
| 9th | 1992年6月3日 | 太陽に火をつけて | 15位 |
| 10th | 1992年9月2日 | “S”ENSATIONAL WIND | 18位 |
| 11th | 1992年12月2日 | Do You Remember Me? | 22位 |
| 12th | 1993年4月7日 | Be My Diamond! | 29位 |
| 13th | 1993年10月6日 | 夜明けなんていらない | 42位 |
ribbonの人気は、4枚目のシングルまでギリギリで最高10位以内に入る程度で、以降のシングルでは10位以内に入ることはできず、更に順位は下る一方でした。
同じ乙女塾の派生グループである『CoCoはシングルチャートの最高順位が3位で、瀬能あづさが脱退する前のシングル(9枚目)までずっと7位以内をキープしています。
以上のように、アイドルグループの人気としてribbonはCoCoと大きな差をつけられていた感は否めません。
ribbonの後にデビューした乙女塾の派生グループ『Qlair』とも比べてみましょう。
| 発売順 | 発売日 | 表題曲 | 最高順位 |
|---|---|---|---|
| 1st | 1991年7月7日 | 瞳いっぱいの夏 | 67位 |
| 2nd | 1991年10月10日 | お願い神さま | 49位 |
| 3rd | 1992年1月22日 | さよならのチャイム | 72位 |
| 4th | 1992年5月21日 | 眩しくて | 57位 |
| 5th | 1992年10月21日 | 秋の貝殻 | 47位 |
| 6th | 1993年3月21日 | SPRING LOVER 大作戦 | 50位 |
Qlairと比べるとribbonは遥かに売れていることがわかります。
つまり、乙女塾から派生したアイドルグループは、デビューした順で明確に人気が落ちているということです。
1990年代は、アイドルの人気が右肩下がりで『アイドル冬の時代』と呼ばれていました。
CoCo、ribbon、Qlairという乙女塾から派生したアイドルグループの人気を見れば、このことがよくわかると思います。
ribbonの活動休止
以上のように、ribbonの活動期はアイドル産業自体が衰退し、アイドルが活躍する場も次第になくなっていますので、ribbonの露出は日に日に減っていくことになります。
結局、ribbonは1993年10月6日発売の13枚目のシングル(夜明けなんていらない)でシングル曲の発売を終了し、コンサートも1993年12月に東京厚生年金会館で行われたものが最後となりました。
それから1年弱が過ぎた1994年10月1日に放送された音楽バラエティ『THE夜もヒッパレ』にribbonとして出演し、久しぶりに3人揃った姿を見せます。
しかし、その2日後放送のTBS新社屋完成を記念した特番に出演したのを最後に、ribbonの活動は完全に途絶えることになります。
同じ乙女塾のCoCoは解散の記者会見をしていますし、Qlairも一応の解散発表がありました。
一方、ribbonは明確な解散宣言のないまま自然消滅に近い形での終了で、ある意味アイドル冬の時代を象徴するような後味の悪い幕の引き方となっています。(T_T)
ribbonのメンバー
永作博美について
永作博美の芸能界入り
フジテレビの人気深夜番組『オールナイトフジ』は素人の女子大生に注目を集めた番組でしたが、稀に女子高生を集めたスペシャル版を放送することがありました。
後にブレイクする『おニャン子クラブ』や、そのメンバーが出演する番組『夕やけニャンニャン』も、このオールナイトフジの女子高生スペシャルから端を発しています。
永作博美は、夕やけニャンニャンが終了した後の1988年に再び放送されることになったオールナイトフジの女子高生スペシャルに、素人の女子高生として出演しています。
その後、『田代まさしのオイシイじゃん』※というバラエティ番組に出演することとなり、その流れで乙女塾にも加わることになったようです。
ちなみに、永作博美と同じく乙女塾に1期生として加入し、後に東京パフォーマンスドールのフロントメンバーとして活躍する市井由理も同じ回のオールナイトフジの女子高生スペシャルに出演しています。
※『田代まさしのオイシイじゃん』は乙女塾がメインで出演していた『パラダイスGoGo!!』の前身的な番組です。
永作博美は乙女塾のリーダー?
乙女塾のリーダーは特に決まっていなかったと思いますが、乙女塾から歌手デビューした人たち(グループ含む)で合同コンサートを開いたときは、永作博美がリーダー的なポジションになっていたように感じます。
それもそのはずで、永作博美は乙女塾歌手デビュー組の中では1番年齢が上なのです。
以下で示す乙女塾から歌手デビューした人の生年月日一覧をご覧ください。
| 生年月日 | 名前 | 所属グループ |
|---|---|---|
| 1970年10月14日 | 永作博美 | ribbon |
| 1972年9月17日 | 花島優子 | |
| 1972年12月27日 | 堀川早苗 | |
| 1973年1月02日 | 中嶋美智代 | |
| 1973年1月16日 | 宮前真樹 | CoCo |
| 1973年2月13日 | 松野有里巳 | ribbon |
| 1973年3月7日 | 羽田惠理香 | CoCo |
| 1973年4月3日 | 瀬能あづさ | CoCo |
| 1973年9月1日 | 三浦理恵子 | CoCo |
| 1973年10月22日 | 佐藤愛子 | ribbon |
| 1973年12月27日 | 今井佐知子 | Qlair |
| 1973年12月28日 | 井ノ部裕子 | Qlair |
| 1974年6月17日 | 大野幹代 | CoCo |
| 1976年2月18日 | 吉田亜紀 | Qlair |
乙女塾から歌手デビューしたメンバーの中には、永作博美同い年どころか1歳下の人もおらず、2学年下に花島優子、堀川早苗、中嶋美智代、宮前真樹、松野有里巳、羽田惠理香の6人、3学年下に瀬能あづさ、三浦理恵子、佐藤愛子、今井佐知子、井ノ部裕子の5人が固まっている構図で、明らかに永作博美1人が年上となっています。
前記した通り、永作博美は乙女塾加入前から芸能活動を始めており、学年で言えば先輩グループとなるおニャン子クラブの工藤静香などと同い年ですから、自然とリーダー的なことを任されたのだと思われます。
ソロ歌手としての永作博美
永作博美は、ribbonとして活動中だった1993年8月4日にシングル『My Home Town』でソロデビューしましたが、オリコン最高順位は36位に留まります。
その後、2枚目のシングル(Without You)が45位、3枚目のシングル(逢いにきて)が67位、3枚目のシングルから4年の期間を置いて女優としてブレイク後に『HIROMI NG』名義で出した4枚目のシングルが97位で、アルバムは1枚目(N)が41位、2枚目(Here and Now)が90位でした。
一言で説明すると、歌手としては全然売れなかったわけです。(;^_^A
女優・永作博美
所属グループも解散し、歌手としても上手くいかなかった永作博美は、以降、女優として活動していくこととなります。
本格的な女優デビューは、1994年1月13日から3月24日に放送されたテレビドラマ『陽のあたる場所』で、続いて『さんかくはぁと』(放送日:1995年1月9日~3月20日)、『カケオチのススメ』(1995年7月3日~9月11日)という2つのドラマにヒロインとして出演します。
『さんかくはぁと』と『カケオチのススメ』は、テレビ朝日の月曜ドラマ・インという20時台に放送されたもので、男女問わないアイドル要素の高いドラマが多数作られた枠です。
おそらくこの時点の永作博美は、アイドル女優としての様相が強かったのだと思われます。
その後も女優活動を続けた永作博美は、中森明菜が主演したドラマ『冷たい月』(放送日:1998年1月12日~3月16日)などで好評を得て、ついに1999年4月9日から7月2日に放送された『週末婚』ではゴールデンタイムの連続ドラマの主演を任されます。
このように永作博美は、東京パフォーマンスドール出身の篠原涼子、桜っ子クラブさくら組出身の中谷美紀・菅野美穂などの90年代アイドルたちと揃って、トップ女優まで駆け上がっていくのでした。

映画界での評価
映画界でも永作博美は女優として高評価を得ています。
特に2007年公開の『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』と2011年公開の『八日目の蝉』では、プロフィール欄にあるように日本国内の主要な映画賞を多数受賞しています。
2015年には台湾の女性(姜秀瓊)が監督した『さいはてにて-やさしい香りと待ちながら-』に主演し、台湾の映画祭で最優秀主演女優賞を獲得しました。

その後の永作博美
永作博美は2009年に結婚し、2010年に第1子、2013年に第2子を出産しましたが、現在も女優として活躍中です。
近年はNHKのドラマに出演することが多い他、映画では今でも主演することが多くなっています。
ちなみに、音楽活動は一切していません。(T_T)
松野有里巳のその後
松野有里巳はribbonの活動が曖昧だった1994年末に田辺エージェンシーを退所しており、このことでribbonの解散が決定的な事実となったようです。
その後も音楽活動や女優活動を続けましたが、残念ですが目立った活躍はできずに結婚を機に1998年に芸能界から引退します。
その後、芸能界に復帰しますが、主な活動はエアロビクスのインストラクターとなっていたそうで、2013年と2016年にエアロビに関する本やDVDを発売しています。
佐藤愛子のその後
佐藤愛子は、ribbon解散後も田辺エージェンシーに残りしばらく芸能活動を続けたようですが、比較的早い時期に芸能界を引退した模様で、その後は一切姿を見せることはありませんでした。
しかし、2025年に乙女塾の宮前真樹が主催するイベントに松野有里巳と共に出演し、久しぶりにファンの前に姿を表しました。(記事記載時点では予定)
私の好きなribbon楽曲
私が1番好きなribbonの楽曲は、
『そばにいるね』
です。
デビュー曲の『リトル☆デイト』は歌詞の内容も含め少し難しめの曲で、メンバーも少し無理して歌っっている感がありましたが、それに比べ2曲目の『そばにいるね』はちょうどいい具合のアイドルソングで聴き心地が良かったと記憶しています。
アンケート
2023年4月、ブログのリニューアルに伴いアンケートを新しいものに差し替えました。投票数はリセットされているので、過去に投票した人も再びの参加をお待ちしております。
※90組以上から選択可能な本格的なアンケートは『こちらのページ』から!
選択肢が足りない(増やす)
完全版へGO!
※こちらのアンケートは簡略版です。以下で示す『完全版』が本番のアンケートになりますので、そちらでの投票もお願いします。
アンケート
2023年4月、ブログのリニューアルに伴いアンケートを新しいものに差し替えました。投票数はリセットされているので、過去に投票した人も再びの参加をお待ちしております。
※60組以上から選択可能な本格的なアンケートは『こちらのページ』から!
選択肢が足りない(増やす)
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※こちらのアンケートは簡略版です。以下で示す『完全版』が本番のアンケートになりますので、そちらでの投票もお願いします。
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