80年代アイドル第三の女『小泉今日子』

小泉今日子プロフィール

80年代アイドルの小泉今日子

生年月日 1966年2月4日
芸能界入り スター誕生!
キャッチフレーズ 微笑少女(びしょうじょ)
レコードデビュー 1982年3月21日(私の16才)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
1982年日本テレビ音楽祭最優秀新人賞(素敵なラブリーボーイ)
1982年新宿音楽祭金賞
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1984年グラフ賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1988年度毎日映画コンクール女優主演賞(快盗ルビイ)
1988年度ヨコハマ映画祭主演女優賞(快盗ルビイ)
2001年報知映画賞主演女優賞(風花)
2005年度ブルーリボン賞主演女優賞(空中庭園)
2008年度キネマ旬報ベスト・テン主演女優賞(トウキョウソナタ、他)
2008年報知映画賞主演女優賞(グーグーだって猫である、他)
2011年度毎日映画コンクール女優主演賞(毎日かあさん)
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
6回
代表曲
()内はオリコン最高順位
83年:艶姿ナミダ娘(3位)
84年:渚のはいから人魚(1位)
84年:ヤマトナデシコ七変化(1位)
84年:The Stardust Memory(1位)
85年:なんてたってアイドル(1位)
86年:夜明けのMEW(2位)
86年:木枯しに抱かれて(3位)
89年:学園天国(3位)
89年:見逃してくれよ!(1位)
91年:あなたに会えてよかった(1位)
93年:優しい雨(2位)
94年:My Sweet Home(4位)
他多数

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目次

アイドルの王道路線だった小泉今日子?

小泉今日子は、アイドルの王道である『スター誕生!』出身で、もっともアイドルが全盛であった82年組アイドルの1人です。(同期に松本伊代、堀ちえみ、石川秀美、早見優、中森明菜などがいる)
このように、デビュー当時の小泉今日子はアイドルの王道街道を突き進むものと思われました。
しかしそのような道には進まず、後述するような独特なアイドル像を打ち立てることとなります。

多くのアイドルを輩出した『スター誕生!』についてと出身者の一覧
今まで書いてきたアイドルの松田聖子と宮沢りえを除き、ピンクレディーの2人、山口百恵、桜田淳子、森昌子、中森明菜、小泉今日子の7人には共通点があります。それは、全員『スター誕生!』出身であることです。ということで、ここで1度『スター誕生!』に...

ぶっ飛びキャラ

王道路線に進むと思われた小泉今日子は、突然髪型を刈り上げにするなど『ぶっ飛びキャラ』として人気を博すこととなります。
このようなキャラは、アイドルがひしめいていた80年代前半という時代の中にあっても、ひときわ目立つ存在でした。
そしてそのような路線の行き着く先として、小泉今日子は1985年『なんてったってアイドル』という極めて斬新な楽曲を発表します。
私は、この曲を聴いた衝撃を今でも忘れられません。
まさか、アイドルが自身がアイドルであるという楽曲を歌うとは夢にも思いませんでした。(秋元康、恐るべしです)
しかし小泉今日子は、このような斬新な曲だけでなくバラード曲(木枯しに抱かれて等)もしっかり歌いこなす器用さも見せ、また歌以外の仕事(ドラマ・あんみつ姫など)でも高評価を得ます。

このように、松田聖子と中森明菜という80年代アイドルの2大スターと同時代に活躍した女性アイドルの中で、小泉今日子は唯一2人に対抗できる存在感を見せるのでした。

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小泉今日子とカバー曲

若い人はあまりイメージがないかもしれませんが、デビュー当時の小泉今日子と言えばカバー曲を歌うアイドルとして知られていました。
デビュー曲の『私の16才』は、森まどかの『ねえ・ねえ・ねえ』のカバー、セカンドシングルの『素敵なラブリーボーイ』は、林寛子の同名曲のカバーと、小泉今日子のシングルは2曲連続でカバー曲だったのです。
オリジナル楽曲をなかなかもらえなかったということは、デビュー当時の小泉今日子はあまり期待されていなかったのか、それとも前年に石川ひとみが三木聖子のカバー曲『まちぶせ』でヒットした影響なのか、実際のところはよくは分かりませんが、このカバー曲路線は成功せず、オリジナル楽曲を歌うようになって以降に小泉今日子のレコード売上げは上昇していきます。

ちなみに小泉今日子の1980年代最後のシングル『学園天国』も、フィンガー5のカバー曲となっています。

小泉今日子のアイドル逆コースと不作の83年組

岡崎友紀や天地真理などといった元祖アイドルが誕生して以降、アイドルというものは、“明るく元気よく世間を晴れやかにする”存在としてあり続けています。
これがアイドルの基本中の基本であり、この路線は後に正統派アイドルと呼ばれることとなりました。
ただ、こういった路線ばかりでアイドル文化を展開してしまうとキャラクター被りが多発するため、あえて違う路線を狙うアイドルも登場します。
その元祖が山口百恵で、とても落ち着いた雰囲気で更には少し影があったり不良っぽさも感じさせ、歌詞の中にもこういったイメージを反映させていました。
この非正統派アイドルの路線は、後に三原順子や中森明菜が踏襲することとなります。
つまり、1980年代初頭のアイドル界は

明るく元気な正統派アイドル ⇔ 落ち着いた感じの非正統派アイドル

という2つの構図があり、正統派アイドルの代表が松田聖子、非正統派アイドルの代表が中森明菜だったわけです。

そんな中、小泉今日子は逆方向から非正統派アイドルというものを確立させます。
今までの、妙に落ち着いていて少し暗い感じがする路線ではなく、元気があり余って自由奔放すぎるという逆方向から正統派アイドルを否定してみせたわけです。
これは斬新かつ後に続く人も多くはなかったので、小泉今日子のキャラは1980年代の加熱したアイドルブームの中でも際立ったものとなりました。

不作の83年組が生まれた理由について

小泉今日子が確立した新しい非正統派アイドルについて、もう少し広く考えてみましょう。

正統派アイドルのど真ん中である松田聖子が1980年代春にデビューして以降、一気に大ブレイクを果たします。
この松田聖子の存在があまりに大きすぎて、それ以降(1981年以降)にデビューしたアイドルは正統派路線で勝負することが難しい状態となりました。
1981年秋には『セーラー服と機関銃』に主演した薬師丸ひろ子がブレイクしますが、彼女はベースが映画女優であったため、正統派のアイドルとは異なる存在です。
1970年代からアイドルが映画に出演することは普通にありましたが、映画をメインに活動する女優がアイドル扱いされるということはほとんどなく、薬師丸ひろ子の登場以降に生まれた新しいアイドル文化と言えます。

そして、1982年の秋には上記した落ち着いた感じの非正統派アイドルである中森明菜がブレイク、1983年には小泉今日子が中森明菜とは逆路線の非正統派アイドルとしてブレイクを果たし、松田聖子包囲網が完成します。
更には大映ドラマ『スチュワーデス物語』に主演した堀ちえみがドラマ特化型のアイドルとして、『オールナイトフジ』の司会を任されるなどした松本伊代がバラエティ特化型のアイドルとして注目を集め、1980年代前半は正統派アイドルと別路線で勝負するアイドルが乱立することとなります。

その割を食ったのが、不作と揶揄された1983年度デビューのアイドルたちなのです。
彼女たちがデビューした頃のアイドル界は、既に付け入る隙がないほどの飽和状態となっており、ロリータ路線の岩井小百合や極端なボーイッシュ路線の大沢逸美などが新しい路線を確立させようと模索しますが、一般層にはなかなか受け入れられないマニアックな路線なため多くのファンを獲得することはできませんでした。
1984年以降は新たな正統派アイドルを求める声も徐々に増え始め、岡田有希子や菊池桃子などといった正統派路線のアイドルが高い人気を得ますが、1983年はタイミング的にどの路線のアイドルもブレイクしづらい状態になっていたものと思われます。
それもこれも、小泉今日子が今まで1パターンしかなかった非正統派アイドルに新たな道を切り開いたことが始まりと思われ、1980年代のアイドル界における小泉今日子のインパクトは、松田聖子や中森明菜に劣らないものがあったのかもしれません。

『不作の83年組』は、なぜ生まれてしまったのか?
1983年は、『不作の83年組』と呼ばれるほどアイドルの成功者が現れませんでした。2年目の新人に与えられる『日本テレビ音楽祭』の金の鳩賞では、1984年(1983年度デビューが対象)は受賞者なしという結果になっています。この不作の1983年...
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80年代アイドル初のミリオンセラー歌手

小泉今日子は、(現在のところ)80年代の女性アイドルで3人しかいないミリオンセラー歌手の1人で、なおかつその最初の人物でもあります。(他の2人は松田聖子、中山美穂)
その楽曲は1991年5月21日発売の『あなたに会えてよかった』で、自身が主演(田村正和がメインの主演)したTBSドラマ 『パパとなっちゃん』(最高視聴率21.1%)の主題歌でした。
自身が主演したドラマで主題歌を歌い、ドラマも曲もヒットすることとは芸能人としての理想形と言えます。
このように小泉今日子は、80年代のアイドルブームが終焉した後も順風満帆な芸能活動を続けていきました。

シングル売り上げランキングから女性アイドル界を読み解く
今回は、20世紀(1970年代から1990年代)の女性アイドルにおける、シングルレコード/CDの売り上げランキングから、当時のアイドル界の様子を考えていきたいと思います。まずは、以下で示す20世紀の女性アイドルのシングル売り上げランキング及...

小泉今日子は、もっとも活躍した80年代アイドル?

80年代の女性アイドルと言えば、上記した通り松田聖子と中森明菜が2大スターとして君臨しています。
しかし、80年代に限らずトータル的に見れば、おそらく小泉今日子がもっとも活躍した80年代アイドルと言えるでしょう。
小泉今日子は80年代のアイドルブームが終焉した後も息長く活躍し、年齢50歳を超えた2017年に連続ドラマ主演、2018年に映画主演するなど、後年まで芸能界の第一戦で活躍しています。
これは、デビューから一貫して所属した大手芸能事務所『バーニングプロダクション』の影響が強いのかもしれません。

アイドルの所属事務所一覧
1960年代までの芸能界は、渡辺プロダクション(小柳ルミ子、天地真理、キャンディーズらが在籍)がとても強い権力を持っていたのですが、1970年代に入るとホリプロ(森昌子、山口百恵らが在籍)やサンミュージック(桜田淳子らが在籍)が台頭するなど...

順調の芸能生活だったはずが・・・

以上のように順調な芸能生活を送っていた小泉今日子でしたが、2018年2月に突然、事務所からの独立と妻子のいる俳優・豊原功補さんと交際を発表します。
いくら大人同士とは言え、さすがに妻子のいる男性との交際宣言は世間の理解を得られず、女優業も一時休業となります。
翌年の2019年にはNHK大河ドラマ『いだてん』で女優復帰を果した小泉今日子ですが(映画『食べる女』の公開は2018年の9月だが)、この『いだてん』は大河ドラマ史上最低の視聴率を叩き出してしまうなど、なんとも踏んだり蹴ったりの状況で今後の芸能活動が不安視されているようです。

私の好きなキョンキョン楽曲

私が好きな小泉今日子の楽曲は、

ヤマトナデシコ七変化

です。
やっぱり小泉今日子の曲は、明るくぶっ飛んだ曲が最高だと思います。
バラード曲では、

木枯しに抱かれて

が好きです。
80年代アイドルが80年代に出した楽曲でバラードのヒット曲はそれほど多くないので、この曲は80年代アイドルの貴重なバラードとなります。

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小泉今日子のMV(公式)

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【更新履歴】
2018年02月01日:記事の作成
2019年09月04日:ブログの移転
2021年03月14日:『小泉今日子とカバー曲』と『小泉今日子のアイドル逆コースと不作の83年組』の項目を追記
2023年02月24日:SNS情報の記載、動画の埋め込み
2023年03月05日:映画賞受賞情報の拡充
2023年04月05日:アンケート内容の変更
2024年01月04日:オススメ商品の削除、埋め込み動画の一部削除
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