秀樹の妹で聖子のライバル?『河合奈保子』

河合奈保子プロフィール

80年代アイドルの河合奈保子

生年月日 1963年7月24日
芸能界入り 『HIDEKIの弟・妹募集オーディション』優勝
キャッチフレーズ ほほえみさわやか カナリー・ガール
レコードデビュー 1980年6月1日(大きな森の小さなお家)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1980年グラフ賞
1989年新人賞
1989年演劇新人賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
6回
代表曲
()内はオリコン最高順位
80年:ヤングボーイ(13位)
81年:スマイル・フォー・ミー(4位)
81年:ラブレター(11位)
82年:夏のヒロイン(7位)
82年:けんかをやめて(5位)
83年:エスカレーション(3位)
83年:UNバランス(4位)
85年:デビュー(1位)
他多数

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目次

河合奈保子は西城秀樹の妹?

河合奈保子は1979年12月に芸能プロダクション『芸映』により開催された『HIDEKIの弟・妹募集オーディション』でグランプリを獲得し芸能界入りします。(HIDEKIとは芸映所属の男性アイドル西城秀樹のこと)
この3年前にホリプロが『ホリプロスカウトキャラバン』という事務所主催の大規模なオーディションを行い成功させていたので、これを芸映が模した形です。
同じオーディションはもう1度行われ、その際は石川秀美がグランプリを獲得しています。
結局このオーディションからデビューしたのは女性だけで、西城秀樹の弟が誕生することはありませんでした。(;^_^A

アイドルオーディションの一覧とその出身者
1970年から1999年までに行われた、一般人女性を対象としたオーディションや新人発掘型のコンテストの結果(グランプリ、入選者)や著名な落選者などを、この場で一気にまとめたいと思います。ただし、大学が主催するミス・キャンパスや、世界大会など...
秀樹の妹でヤックンの妻?『石川秀美』
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河合奈保子は松田聖子のライバル?

デビューした当初の河合奈保子は、同じ1980年にデビューした松田聖子と共演することが多く、よく比較されるライバル的な存在で、実際にアイドル雑誌の人気ランキングなどで2人の人気は肉薄していました。
以下で示す『月刊明星』の人気投票の結果をご覧ください。

松田聖子 河合奈保子
80年 5位(27,817票) 11位(4,885票)
81年 1位(59,614票) 2位(58,703票)
82年 1位(106,648票) 2位(101,645票)
83年 1位(82,434票) 5位(21,998票)

1983年は、82年デビュー組の勢いに飲み込まれ(2位:中森明菜、3位:堀ちえみ、4位:小泉今日子)河合奈保子の人気は下がっていますが、1981年と1982年は松田聖子と河合奈保子は投票数にほとんど差のない1位2位の関係となっています。

ただ、これはアイドル雑誌を買ってわざわざ人気投票に応募するマニア層によるランキング結果であり、一般層において河合奈保子と松田聖子の人気にはだいぶ差があったと思われます。
それを証拠に、河合奈保子と松田聖子の20枚目までのシングルのオリコン最高順位を御覧ください。

発売順 松田聖子 河合奈保子
1st 12位 36位
2nd 2位 13位
3rd 1位 14位
4th 1位 11位
5th 1位 4位
6th 1位 11位
7th 1位 11位
8th 1位 7位
9th 1位 7位
10th 1位 5位
11th 1位 8位
12th 1位 9位
13th 1位 3位
14th 1位 4位
15th 1位 4位
16th 1位 7位
17th 1位 7位
18th 1位 4位
19th 1位 6位
20th 1位 6位

河合奈保子も十分検討しているのですが、24作連続でオリコンシングルチャート1位を獲得した松田聖子との比較では流石に相手が悪すぎます。
以上のように、一般層からの河合奈保子と松田聖子の人気に相当の差があったことは明白でした。

80年代アイドルの象徴『松田聖子』
松田聖子プロフィール生年月日1962年3月10日芸能界入りミスセブンティーンコンテストからのスカウトキャッチフレーズ抱きしめたい! ミス・ソニーレコードデビュー1980年4月1日(裸足の季節)主要音楽祭受賞歴(最優秀新人賞)1980年日本歌...
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河合奈保子が松田聖子に勝っていたもの

レコードの売り上げでは松田聖子に大きな差を開けられていた河合奈保子でしたが、松田聖子に勝っていた部分があります。
それがグラビアでの人気です。
河合奈保子はとてもグラマラスで、この分野においては松田聖子に圧勝していました。
河合奈保子が1980年代のアイドル時代に発売した写真集は20冊以上にのぼり、これは1年に2冊以上のペースで発売していたことになります。
当時のアイドルは歌手活動がメインだったため、トータル的に松田聖子のほうが人気が上だったことは間違いないでしょうが、1990年代にはアイドル歌手が廃れグラビアアイドルが全盛となるので、時代が違えば2人の立場は逆転していたかもしれません。

河合奈保子✕NHK紅白歌合戦✕吉川晃司

河合奈保子はNHK紅白歌合戦に6回出演しています。
これは後に演歌歌手になる長山洋子を除けば、80年代女性アイドルの中で松田聖子、中森明菜、工藤静香、中山美穂に次ぐ回数となっています。(中森明菜は特別出演の1回を含む)
その中で1つ言及しないといけない回があります。
それは5回目の出演となった第36回の紅白歌合戦です。

この回の紅白歌合戦で、河合奈保子は紅組で2番目、全体で3番目の歌唱順だったのですが、前の歌唱者だった吉川晃司が歌が終わった後にステージ上でシャンパンを撒きギターを壊すという不必要なパフォーマンスを続けた影響で、河合奈保子は歌の冒頭部分を歌えなくなってしまいました。
しかも、この回に河合奈保子が披露する歌はサビで始まる『デビュー〜Fly Me To Love』だったため、1番大事なサビの部分が丸々歌えなかったわけです。
更に次に登場したシブがき隊も歌唱中に滑って転んでしまうなど、大きな混乱で始まる紅白歌合戦となってしまいました。

そこまで大きな問題にならなかったのは、紅白歌合戦の出場経験の多い河合奈保子が上手く立ち回ったからで、初出演のアイドルだったら混乱して進行に支障が出たに違いありません。
あれから30年弱が過ぎましたが、個人的に吉川晃司のことは1ミリたりとも許しておらず、NHKは彼を永久出禁にするべきかと思います。ヽ(`Д´)ノ

NHK紅白歌合戦に出場した女性アイドルの一覧と、なぜか紅白に1度も出れなかったアイドルたち
1970年代後半から1980年代までは音楽祭の賞レースが盛んで、どのアイドルも各音楽祭の大賞や新人賞などの受賞を目指して1年間活動をしていました。この音楽祭の受賞と並んで当時のアイドルが目指していたものがあります。それが、NHK紅白歌合戦へ...

その後の河合奈保子

アイドル文化の衰退とともにアイドル歌手としての河合奈保子の人気は低下し、1990年代に入ると河合奈保子の主な仕事は女優業へとシフトしていきます。
しかし、その活動も長続きはしませんでした。
1996年2月に結婚し、同年夏には妊娠して芸能活動が停止してしまうのです。
その後はオーストラリアに移住し、現在では稀に声明などを出す程度で表舞台からは姿を消してしまっています。

私が好きな河合奈保子楽曲

私が1番好きな河合奈保子の楽曲は、

デビュー〜Fly Me To Love

です。
吉川晃司のことは永久に許しません!!ヽ(`Д´)ノ

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クイズ

アンケート

2023年4月、ブログのリニューアルに伴いアンケートを新しいものに差し替えました。
投票数はリセットされているので、過去に投票した人も再びの参加をお待ちしております。
※90組以上から選択可能な本格的なアンケートは『こちらのページ』から!
あなたの好きな80年代アイドルは?(簡略版)

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