元祖国民的美少女『後藤久美子』

後藤久美子プロフィール

80年代アイドルの後藤久美子

生年月日 1974年3月26日
芸能界入り キッズモデル出身
キャッチフレーズ 国民的美少女
レコードデビュー 1987年3月18日(teardrop)
主要音楽祭受賞歴
(最優秀新人賞)
主要音楽祭受賞歴
(大賞)
ゴールデン・アロー賞
受賞歴
1986年度放送新人賞
1987年度話題賞
主要映画賞受賞歴
(主演賞、助演賞、新人賞)
1987年度エランドール新人賞※
1988年度日本アカデミー賞新人俳優賞(ラブ・ストーリーを君に)
※エランドール新人賞はテレビドラマでの活躍を含んだ俳優賞
紅白歌合戦出場回数
(2025年まで)
0回
代表曲
()内はオリコン最高順位

他多数

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目次

キッズモデル時代の意外な共演者

後藤久美子は小学生時代からキッズモデルとしてCMなどに出演し、中学生になった頃から国民的美少女として大きな話題を呼ぶこととなります。
実はキッズモデル時代の後藤久美子は、とある同い年の大物アイドルと共演しています。
それが宮沢りえで、2人はキットカットのCMで共演していたのでした。
宮沢りえも後藤久美子に少し遅れて大ブレイクを果たすので、今になって考えればこのキットカットのCMはとてつもなく豪華なキャスティングだったと言えます。

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後藤久美子が国民的美少女になるまで① 『テレビの国のアリス』の出演

後藤久美は、1986年3月24日放送の『テレビの国のアリス』という1話完結のドラマに主演します。
このドラマは、過去に何度も映像化されている有名な児童小説『不思議の国のアリス』を、当時の最新映像技術を駆使して描き直した挑戦的な作品で、出演者は、ほぼ後藤久美子の1人だけでした。
その後、大河ドラマで主要な登場人物の幼少期役を演じたり、1話完結ドラマに主役級の役で出演したりと女優としての経験を重ねていきます。

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後藤久美子が国民的美少女になるまで② 『ママはアイドル!』への出演

1987年、後藤久美子は、『ママはアイドル!』(1987年4月14日~1987年6月16日)という注目度の高いドラマにも出演します。
このドラマは、主演の中山美穂がアイドルの中山美穂役で登場するというアイドルブームだった1980年代ならではのドラマで、当時としても設定の大胆さは話題となっていました。

『ママはアイドル!』で後藤久美子が演じた役は中学校2年生の少女で、実際の学年も中学2年生です。
実は、後藤久美子よりも2学年下(小学6年生)の弟役を演じた大原和彦も実際は中学2年生で、誕生日の話まで含めれば大原和彦のほうが8ヶ月以上年上でした。
そのため、レギュラー放送終了から1年3ヶ月後に放送されたスペシャル版では、ほとんど背丈が変わっていない後藤久美子に対し大原和彦は背が一気に伸びており、姉弟設定に若干の無理が生じていました。
子役は、演じる役の年齢よりも実年齢が少し上のケースが多いのですが(『3年B組金八先生』に中学3年生の役で出演した当時の田原俊彦は既に高校を卒業していた)、後藤久美子は実年齢と同じ役を演じていたので少し大人びていたのかもしれません。

ちなみに、この『ママはアイドル!』は1980年代後半(1985年から1989年)に放送された民放連続ドラマの中では、『男女7人秋物語』、『教師びんびん物語2』、『男女7人夏物語』に次ぐ4位の最高視聴率(28.6%)を誇ります。

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後藤久美子が国民的美少女になるまで③ 13歳で連続ドラマ主演

『ママはアイドル!』終了後、後藤久美子は時を空けずして『同級生は13歳』(1987年8月20日~10月15日)というドラマで連続ドラマ初主演を果たします。
このときも実際の年齢は題名通りの13歳でした。
その後は『痛快!ロックンロール通り』(1988年1月8日~3月25日放送)に沢口靖子とW主演するなど、後藤久美子は若くしてゴールデンタイムの連続ドラマに次々と主演し、女優としてトップレベルの人気を得ることとなります。

後藤久美子の歌手活動

後藤久美子は『ママはアイドル』放送直前の1987年3月18日に歌手デビューし、デビューシングルのB面曲(若葉のイリュージョン)は『同級生は13歳』の挿入歌に使用されています。
2枚目のシングル(初恋に気づいて)は『痛快!ロックンロール通り』の挿入歌でした。
しかし後藤久美子のシングルはこの2枚だけで、歌手活動は本格化せずに終了します。

国民的美少女・後藤久美子

後藤久美子が、このように若くして注目を集めた理由は、その外見にあります。
端的に言って後藤久美子は可愛く、若さも相まって美少女というイメージそのものだったのです。
そんなこんなで後藤久美子は『国民的美少女』と称されるようになり、彼女の代名詞となりました。

この後藤久美子の美少女具合に目をつけた所属事務所のオスカーは、1987年から『全日本国民的美少女コンテスト』という30年以上も続く新人発掘オーディションを開催します。(直近の開催は2017年)
このオーディションは、アイドルブームが終焉していく中にあっても大きな人気を得ており、決勝大会の様子はテレビ放送されていました。
応募数もとても多く、毎回のように10万を超える応募があったと公表されています。
初代のグランプリは藤谷美紀、2代目は細川直美で、後藤久美子は、オーディションを象徴する存在として特別審査員を務めていました。

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ジャン・アレジとの事実婚とその後の後藤久美子

その後も女優として活動していた後藤久美子でしたが、1995年にF1レーサーのジャン・アレジと交際を開始します。
日本では1980年代終盤から1990年代前半にF1ブームがあり、1995年当時は、まだF1ブームの名残りがありました。
当時は、まだ地上波でF1を放送しており、そこに後藤久美子が映っていて驚いた記憶があります。

ジャン・アレジとそのまま結婚(事実婚)した後藤久美子は、夫の地元であるフランスに移住し3人の子供を儲けました。(後にスイスに移住)
その後は、CMなどに出演する程度で女優活動は停止するのですが、子育てが落ち着いたのか2018年に女優として復帰し、翌年公開の映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』に出演します。
2024年には正月ドラマ『顔』(1月3日放送)にも出演し、お茶の間にも広く復帰した女優姿を見せたのですが、1月1日に能登半島地震が起きた影響もあり視聴率はあまり良くなかったようです。

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