浅香唯プロフィール
| 生年月日 | 1969年12月4日 |
| 芸能界入り | 『ザ・スカウトオーディション’84』浅香唯賞 |
| キャッチフレーズ | フェニックスから来た少女 |
| レコードデビュー | 1985年6月21日 夏少女 |
| 主要音楽祭受賞歴 (最優秀新人賞) |
- |
| 主要音楽祭受賞歴 (大賞) |
- |
| ゴールデン・アロー賞 受賞歴 |
- |
| 主要映画賞受賞歴 (主演賞、助演賞、新人賞) |
- |
| ドラマアカデミー賞受賞歴 (主演賞、助演賞、新人賞) |
- |
| 紅白歌合戦出場回数 (2025年まで) |
0回 |
| 代表曲 ()内はオリコン最高順位 |
87年:虹のDreamer(1位) 88年:Believe Again(2位) 88年:C-Girl(1位) 88年:セシル(1位) 他多数 |
目次
2、デビューは一風変わったアイドルオーディション?
3、浅香唯は苦労人? デビュー後、長期間ヒット曲に恵まれず・・・
4、三代目・麻宮サキ!!!
5、人気爆発!歌手としても成功!
6、他のアイドル四天王との比較
7、歌手宣言、女優活動休止へ・・・
8、無期限活動休止
9、芸能活動復帰から現在まで
10、私の好きな浅香唯楽曲
11、浅香唯のMV(公式)
12、浅香唯のLIVE動画(公式)
13、浅香唯の動画(個人チャンネル)
14、クイズ
15、アンケート
16、ホームページ・SNS
17、関連記事
デビューは一風変わったアイドルオーディション?
1971年の放送開始から絶大な人気を誇ったオーディション番組『スター誕生!』は、1983年に終了してしまいましたが、それ以降も、堀ちえみや井森美幸などを輩出した『ホリプロスカウトキャラバン』、工藤静香などを輩出した『ミスセブンティーン』、斉藤由貴などを輩出した『東宝シンデレラオーディション』など、当時はコンテスト型のアイドルオーディションが多くありました。(東宝シンデレラオーディションはアイドルオーディションではないが)
浅香唯もこの時代の例に漏れず、アイドルオーディションで特別賞を獲得し芸能界デビューします。
しかしそのオーディションは、『少女コミック』という少女漫画雑誌が主催した『第1回ザ・スカウトオーディション’84』という聞きなれないオーディションで、ハッキリ言ってアイドルの王道からはかなり外れたルートでの芸能界入りでした。(第1回とあるが、そもそもこのオーディションは1回きりしか行われていない)
ちなみに、このときに貰った賞が主催の雑誌に連載されていた漫画『シューティングスター』のヒロインの名を冠した『浅香唯賞』というものであり、そのまま芸名として使うこととなります。

浅香唯は苦労人? デビュー後、長期間ヒット曲に恵まれず・・・
浅香唯は、デビューしてからかなりの長い期間低迷していました。
デビュー曲からオリコン最高順位は、
1985年6月21日:夏少女(120位)
1985年9月21日:ふたりのMoon River(105位)
1986年1月21日:ヤッパシ…H!(111位)
1986年5月21日:コンプレックスBANZAI!!(121位)
1986年9月21日:10月のクリスマス(88位)
1987年1月21日:STAR(9位)
と、デビューから1年半ほどヒットに恵まれず、1stシングルから5thシングルまでは、オリコン最高順位100位辺りをうろちょろしています。
浅香唯は中学卒業と同時に出身地の宮崎県から上京してきたのですが、デビュー当時は宮崎弁が抜けずに相当苦労したそうで、このことがヒットに繋がらなかった原因になっているのかもしれません。
それが6枚目のシングルで前作より79ランクもアップし、一気にベスト10入りするのですが、その理由はもはや説明するまでもないでしょう。
三代目・麻宮サキ!!!
浅香唯が一気にブレークした理由は、今更ですが、斉藤由貴、南野陽子を輩出した当時No.1のアイドルドラマ『スケバン刑事』の3作目に主演したからです。(正式名にはスケバン刑事III 少女忍法帖伝奇)
当時無名に近かった浅香唯が、既にアイドルドラマとしてヒットしていたスケバン刑事シリーズに主演することはかなり異例の大抜擢であり、何はともあれ浅香唯は一気に世間の注目を集めることとなります。
ただしドラマのほうは後半失速し、スケバン刑事のドラマシリーズは今作をもって終了となってしまいました。
※原作者が『スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇』の内容に怒ったことも(主人公姉妹がスケバンというより忍者のような感じだったため)、シリーズ終了の原因となっています。


人気爆発!歌手としても成功!
スケバン刑事でブレークした浅香唯は、8thシングルから14thシングルまでは、オリコンチャート1位が4曲、2位が3曲と大きな人気を博します。
特にスケバン刑事終了後に出した『C-Girl』や『セシル』は大ヒットし自身の代表曲になりました。
このように浅香唯は、中山美穂、南野陽子、工藤静香らと共にアイドル四天王と呼ばれるほどの人気を得て、80年代後半を代表するアイドルの1人へと成長します。
他のアイドル四天王との比較
浅香唯は他のアイドル四天王と比べて人気が若干劣っていた感は否めません。
上記したように、浅香唯のシングル曲のオリコンチャート1位は4曲ですが、他のアイドル四天王は、
中山美穂は8曲
南野陽子は9曲
工藤静香は11曲
と、浅香唯の倍以上のオリコン1位曲があります。
歌以外の仕事で見ても、他の3人のほうが順調だったことは明らかです。
特に浅香唯はフジテレビの月9ドラマの『キモチいい恋したい!』の主演(ヒロイン)を断るなど、スケバン刑事以後に演技面(ドラマや映画)で顕著な活躍をしていません。(強いて演技面での活躍を挙げるのなら映画『YAWARA!』ぐらい)
歌手宣言、女優活動休止へ・・・
上気した通り、浅香唯はドラマ出演を断るなど1990年以降歌手志向が強くなり、音楽活動に専念していきます。(実際にそういった旨の発言もしている)
しかし浅香唯を歌手として評価していた人は決して多くなく、ファンの中でも本格的なアーティストへの移行には懐疑的でした。
正直に言えば、浅香唯は特段に歌がうまかったわけでもありません。
こういった本人のズレた考えのためか、浅香唯は一気に人気を落としていくのでした。
無期限活動休止
音楽活動専念以降の浅香唯はヒット曲にも恵まれず、結局ドラマ『ADブギ』に出演するなどしましたが、当然のように仕事は先細りになります。
そんな状況もあってか、1993年には事務所との契約をせずに活動休止を宣言、実質的な引退状態になりました。
本人には、もともと休業したいという意向もあったそうですが、人気面での低下がなければ、さすがにあの時点での活動停止はなかったものと思われます。
芸能活動復帰から現在まで
その後の浅香唯は、活動休止から1年後に本名の川崎亜紀名義で写真集を出しただけで、目立った活動はしませんでした。(芸名は権利の関係で使えなかったものと思われる)
しかし1997年以降、徐々に芸能界に復帰していきます。
芸能界復帰後は、かつてのように仕事を選ぶこともなくなり、歌手活動はもちろんバラエティにドラマに舞台にミュージカルにと様々な分野で活躍し、2012年には大河ドラマ(平清盛)にも出演しました。
現在もバラエティー番組や懐メロ番組など中心に、浅香唯は幅広い芸能活動を行っています。
私の好きな浅香唯楽曲
私が好きな浅香唯の楽曲は、普通に
『C-Girl』
です。
やはり『C-Girl』こそが、浅香唯の可愛さが最大限に発揮された作品だと思います。
それ以外は、『セシル』を除き意外に耳に残っている作品は多くありません。
『スケバン刑事III』の主題歌も、ころころ変わっていてあまり耳に残りませんでした。(風間三姉妹で歌った『Remember』は結構覚えているが)
ただ、今になって改めて聞くと劇場版のスケバン刑事(スケバン刑事 風間三姉妹の逆襲)の主題歌だった『Believe Again』がなかなか良い曲だと感じます。
浅香唯のMV(公式)
浅香唯のLIVE動画(公式)
浅香唯の動画(個人チャンネル)
クイズ
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